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福島地方裁判所 昭和59年(行ウ)7号 判決 1987年2月23日

福島市岡部字内川原三三番地の四

原告

株式会社東北農建

右代表者代表取締役

安川英衛

右訴訟代理人弁護士

渡辺健寿

福島市桜木町四番一一号

被告

福島税務署長

伊藤功

右指定代理人

佐藤崇

佐々木運税

福島昭夫

対馬謙一

鈴木清司

千葉嘉昭

津島豊

熊谷与平

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し、昭和五七年七月二日付け「法人税額等の更正通知書及び加算税の賦課決定通知書」をもってなした原告の昭和五四年二月一日から昭和五五年一月三一日までの事業年度の法人税額を金一〇七六万四四四〇円とする更正処分のうち金五七四万一二〇〇円を超える部分及び重加算税の賦課決定を取り消す。

2  被告が原告に対し、昭和五七年七月二日付けでなした昭和五四年九月分の源泉徴収にかかる所得税の納税告知及び不納付加算税の賦課決定を取り消す。

3  被告が原告に対し、昭和五八年一月一〇日付けでなした昭和五三年一〇月分の原告徴収にかかる所得税の納税告知及び不納付加算税の賦課決定を取り消す。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、農業用のビニールハウスの販売を業とする株式会社であるが、法定申告期限(昭和五五年三月三一日)までに、被告に対し、昭和五四年二月一日から昭和五五年一月三一日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の青色の法人税確定申告書に、所得金額を金一三六四万一二二四円、納付すべき税額を金四〇五万二六〇〇円として申告をなし、さらに昭和五五年七月一日、所得金額を金一七五〇万三三三六円、納付すべき税額を金五五七万四八〇〇円と記載した修正申告書を提出したところ、被告は、昭和五五年七月九日付けで、過少申告加算税の税額を金一万三二〇〇円、重加算税の税額を金三七万七一〇〇円とする賦課決定をなし、さらに昭和五七年七月二日付けで、所得金額を金三〇一四万五三三六円、納付すべき税額を金一〇五九万八一〇〇円とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び重加算税の税額を金一五〇万六九〇〇円とする賦課決定(以下「本件重加算税賦課決定」という。)をなした。

また被告は、原告の昭和五四年九月分の源泉徴収にかかる所得税について、昭和五七年七月二日付けで、納付すべき税額を金四四三万四六〇円とする納税告知(以下「昭和五七年七月二日付け納税告知」という。)及び不納付加算税の税額を金四四万三〇〇〇円とする賦課決定(以下「昭和五七年七月二日付け賦課決定」といい、これと同日付け納税告知を併せて「昭和五七年七月二日付け各処分」という。)をなし(なお、被告は、原告に対し、昭和五八年一月七日付けで昭和五四年九月分の源泉徴収にかかる所得税について、納付すべき税額を金三〇八万四七二〇円、不納付加算税の税額を金三〇万八四〇〇円とそれぞれ変更する旨通知した。)、また昭和五三年一〇月分の源泉徴収にかかる所得税について昭和五八年一月一〇日付けで、納付すべき税額を金六五万三八〇〇円とする納税告知(以下「昭和五八年一月一〇日付け納税告知」という。)及び不納付加算税の税額を金六万五三〇〇円とする賦課決定(以下「昭和五八年一月一〇日付け賦課決定」といい、これと同日付け納税告知を併せて、「昭和五八年一月一〇日付け各処分」という。)をなした。

(二)  原告は、昭和五七年八月二四日、被告に対し、本件更正処分、本件重加算税賦課決定及び昭和五七年七月二日付け各処分について異議申立てをしたところ、被告は、同年一一月二日付けで右異議申立てをいずれも棄却する旨の決定をしたので、原告は、右決定を不服として、昭和五七年一一月二六日、国税不服審判所長に対し審査請求をした。

また原告は、昭和五八年二月一四日、被告に対し、昭和五八年一月一〇日付けの各処分を不服として、異議申立てをしたところ、被告は国税通則法八九条(合意によるみなし審査請求)の規定により、右異議申立てを審査請求として取り扱うことを相当と認め、原告は同年二月二二日これを承諾したので、同日審査請求がなされたとみなされ、国税不服審判所長は、昭和五九年六月六日、右各審査請求について、これをいずれも棄却する旨の裁決をし、同月一五日付けをもって、これを原告に通知した。

2  しかしながら、本件各処分は、いずれも事実誤認に基づくものであって違法である。

3  よって、原告は、被告に対し、本件更正処分のうち金五七四万一二〇〇円を超える法人税額部分、本件重加算税賦課決定、昭和五七年七月二日付け各処分及び昭和五八年一月一〇日付け各処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

(請求原因に対する認否)

1 請求原因1はすべて認める。

2 同2は争う。

(被告の主張)

1 本件各処分の根拠

(一) 原告の株式会社秋山兼次郎商店(以下「秋山商店」という。)に対する買掛金債務について

(1) 原告は、秋山商店から農業資材等を仕入れていたが、その取引についての原告の経理は、別紙経理状況一覧表のとおりであり、原告は、昭和五二年七月一六日の時点において、秋山商店に対する買掛金として金一二六四万二六二三円の債務(以下「本件買掛金債務」という。)を負担していた。

ところで、右一覧表の記載によると、原告は本件買掛金債務の弁済として、秋山商店に対し、昭和五三年一〇月五日、現金で金三〇〇万円、昭和五四年九月六日、現金で金九六四万二〇〇〇円の合計金一二六四万二〇〇〇円を支払い、秋山商店に対する買掛金債務はすべて弁済されたとされている。

(2) しかしながら、原告が秋山商店に対し、右各金員を支払った事実はなく、かえって秋山商店の支払いに充てられたとする右各金員は、原告から、原告の代表取締役である安川英衛(以下「安川」という。)に直接交付され、かつ同人が個人的に消費したものである。なお、安川は、昭和五四年九月八日、福島信用金庫曽根田支店において、阿部和明名義で通知預金口座を開設し、右金九六四万二〇〇〇円のうちの金六〇〇万円を預金している。

(二) 本件買掛金債務の事実上または法律上の消滅について

(1) 前記のとおり、原告は秋山商店に対して金一二六四万二六二三円の本件買掛金債務を負担していたところ、秋山商店は、昭和五四年九月一〇日、二回目の不渡手形を出し、事実上倒産するに至った。そこで、秋山商店は、同年一〇月三一日に同年九月一〇日現在における債権債務に関する決算書(以下「決算書」という。)を作成し、これを同年一一月一〇日付けで各債権者に送付し、同店の財務内容を知らせたが、右決算書には、原告に対する売掛金債権は計上されておらず、同年一一月二〇日から同月二二日にかけて開かれた同店の状況についての説明会においても、同店の資産負債の状況、債務超過の内容及び倒産後の状況などを十分知っていたと思われる債権者から、何らの異議は出なかった。しかも、その後において、右債権者らが秋山商店に対して請求した事実はなく、何らの紛争も生じておらず、秋山商店は、いわゆる私的整理すら実現されないまま現在に至っている。そして、原告が本件買掛金債務について第三者から請求を受けた事実もない。このような事情に鑑みると、秋山商店は、一般債権者からも見放された状態となり、企業としての実態を失って事実上消滅し、同店に対する第三者の債権は経済的に無価値となり、その権利を行使する可能性は消滅したといえるのみならず、秋山商店が第三者に対して有する債権を行使する可能性もまた消滅したといえる。

したがって、秋山商店の支払不能が確定し、その事実を秋山商店が一般債権者に説明すべく予定した昭和五四年一一月二〇日以降、遅くとも決算期である昭和五五年一月三一日までに、原告が秋山商店から本件買掛金債務につきその権利行使をされる可能性は、客観的にも主観的にも消滅したというべきであるから、原告は同時に益金の額に算入すべき金一二六四万二〇〇〇円の収益を得たこととなる。

(2) 秋山商店は、前記のとおり倒産したが、その帳簿関係は必ずしも明確でなく、取付け騒ぎの混乱状態が起こり、再建も不可能であるという状況にあったため、原告に対するものも含めて同店の有する売掛金債権を回収することを断念し、前記決算書の作成及びこれを各債権者に示したことをもって、右売掛金債権を放棄する、あるいは本件買掛金債務を免除する意思表示をなしたというべきである。

そして、原告は、同業者である秋山商店の債権回収業務が停滞し、同店が経営不振で関係先からの支援も得られない状態にあって、いずれ企業倒産に至るであろうことを予測し、その結果として本件買掛金債務の支払を免れうるものと判断していたが故に、本件買掛金債務の架空支払いを計上したものであり、秋山商店の動向についても十分な関心をもっていたはずであるから、原告は、現実にその後秋山商店が事実上倒産して壊滅的な状況となり、その有する売掛上金債権を回収する意思を失ったことについて当然了知したと推認しうるし、仮にそうでないとしても、秋山商店は会社組織の実体が消滅し、同店はもとよりその債権者らも倒産後一切同店の売掛金を回収していないのであるから、原告は秋山商店がその有する売掛金債権を回収する意思も能力も喪失したことを容易に知り得たというべきである。

したがって、秋山商店は、右倒産を契機として本件買掛金債務を含め売掛金債権を放棄する、あるいは右債務を免除する意思表示をなし、そのことを原告も了知していたのであるから、本件買掛金債務は、遅くとも昭和五五年一月三一日までに消滅し、同時に原告には益金の額に算入すべき金一二六四万二〇〇〇円の収益が生じたのである。

2 本件各処分の適法性について

(一) 本件更正処分

法人税法二二条二項は、益金の額に算入すべき金額として、資産の販売、有償または無償による資産の譲渡または役務の提供、無償による資産の譲受け、その他の取引で資本等取引以外のものに係る当該事業年度の収益の額と規定しているところ、前記のとおり、本件買掛金債務の消滅は、原告に経済的利益を生ずる債務の消滅となるから、右にいう資本等取引以外の取引にあたり、右債務の消滅によって財産的不利益が減少した限度において原告の益金の額に算入すべき収益が生じたものである。したがって、被告が、本件売掛金債権が消滅したことによる原告の益金の額を、原告の本件事業年度の申告所得(昭和五五年七月一日付けの修正のもの)金一七五〇万三三三六円に加算し、所得金額を金三〇一四万五三三六円として行った本件更正処分は適法である。

(二) 本件重加算税賦課決定

(1) 国税通則法六八条一項に規定する「隠ぺい又は仮装」とは、税額等の計算の基礎となるべき事実の全部または一部を積極的に隠ぺい又は仮装するにとどまらず、現に存する隠ぺい又は仮装の状態を奇貨としてこれを利用する場合も含まれると解される。原告は、前記のとおり、本件買掛金債務の消滅による収益の発生を認識しながら、これに相当する額を収益に計上していないうえ、右収益の有無についての被告の調査においても、本件買掛金債務は秋山商店に対して支払った旨述べるとともに、同店に対する架空の支払いを計上した帳簿及び不真正に作出した領収書をもって本件各処分の適法性を争っているのであるから、原告は、本件買掛金債務の事実上または法律上の消滅による収益の発生を弁済によって消滅したごとく仮装したということができ、右にいう隠ぺいまたは仮装した状態を奇貨としてこれを利用した場合に該当するというべきである。したがって、被告が原告に対してなした本件重加算税賦課決定は適法である。

(2) 仮に、本件において、重加算税を賦課しうる隠ぺい又は仮装の事実が認められないとしても、過少申告加算税と重加算税とは、相互に無関係な別個の処分ではなく、重加算税の賦課は、過少申告加算税として賦課されるべき一定の税額に過少申告加算税よりも重い加算税に当たる一定の金額を加えた額の税を賦課する処分として、過少申告加算税を含んでいる関係にあるから、過少申告加算税の要件を満たしている場合にはその限度(本件においては、金二五万一一〇〇円)において、なお効力を有するというべきである。

(三) 昭和五七年七月二日付け及び昭和五八年一月一〇日付けの各納税告知及び各不納付加算税賦課決定

原告は、前記一及び二のとおり、秋山商店に対し、本件買掛金債務を支払ったごとく仮装経理し、右支払にあてたとする金一二六四万二〇〇〇円については、うち金三〇〇万円を昭和五三年一〇月五日、うち金九六四万二〇〇〇円を昭和五四年九月六日に、それぞれ安川個人に対して直接支払っており、同人はこれを個人的に消費しているから、右各金員は、安川に対する臨時的な給与(賞与)に該当する。したがって、所得税法一八三条(源泉徴収義務)及び国税通則法三六条(納税の告知)に基づいてなされた昭和五七年七月二日付け及び昭和五八年一月一〇日付け各納税告知及び同胞六七条に基づいてなされた昭和五七年七月二日付け及び昭和五八年一月一〇日付け各賦課決定は、いずれも適法である。

三  被告の主張に対する原告の認否及び反論

(被告の主張に対する認否)

1 被告の主張1一の(1)は認める。同(2)のうち、安川が、昭和五四年九月六日、原告から金九六四万二〇〇〇円を受領し、うち金二六四万二〇〇〇円についてはこれを消費し、また、うち金六〇〇万円については、昭和五四年九月八日、福島信用金庫曽根田支店において、阿部和明名義で通知預金口座を開設して預金したことは認め、その余は否認する。

2 同二の(1)のうち、秋山商店が、昭和五四年九月一〇日、二回目の不渡手形を出し、事実上倒産したことは認め、その余は否認または争う。同(2)は否認または争う。

3 同2の一、二は争う。同三のうち、安川が、昭和五四年九月六日、原告から金九六四万二〇〇〇円を受領したことは認め、その余は争う。

(原告の反論)

1 本件買掛金債務の弁済について

原告の代表取締役である安川は、昭和四七年から昭和五〇年八月末日まで、秋山商店の営業社員として勤務していたが、同年九月一日独立して、秋山商店と同業種の営業を始め、その後、原告の株式会社東北農建を設立した。原告は、秋山商店に対して本件買掛金債務を負担していたが、うち金三〇〇万円については昭和五三年一〇月五日に、うち金七〇〇万円については昭和五四年九月六日に、それぞれ以下のような経緯でこれを正当に弁済したものであり、被告が主張する如き、その支払いを仮装した事実はない。

(一) 買掛金三〇〇万円の決裁について

秋山商店は、昭和五一年ころから、宮城県泉市の第二次構造改善事業に関し、その受注を得ようとして安川に対し、その運動を依頼した。安川は、昭和五二年二月、秋山商店の常務取締役長崎尚弘(以下「長崎常務」という。)から、仙台市に済む堀谷直良(以下「堀谷」という。)に右受注の運動費として金三〇〇万円を交付するように指示されたため、同年二月一四日、原告の仮払いにより金三五〇万円を払い出して受領し、その二、三日後に、うち金三〇〇万円を右堀谷宅に持参してこれを同人に交付した。

したがって、右金三〇〇万円は、もとより秋山商店の営業上の出費であり、原告が秋山商店に替わって支出したものであるから、原告は秋山商店に対し、右金三〇〇万円の立替金の求償権を得た。ところで、安川は、右金三五〇万円の仮払金につき、昭和五二年三月一八日に金五〇万円、同月三一日に金二五〇万円(但し、従前の仮払金と合わせて金二五七万五〇八五円)を原告に支払ったので、原告の有する右立替金債権を取得したところ、安川は、原告の秋山商店に対する本件買掛金債務と右立替金債権とを清算し、昭和五三年一〇月五日、原告から金三〇〇万円を受領した。

(二) 買掛金七〇〇万円の決済について

安川は、秋山商店に勤務中、その販売実績に対する歩合により報償金をうける地位にあったが、同店を退職するまでその支払いを受けないでいたところ、昭和五〇年九月一日に同店を退職する際、同店専務取締役伊藤博文(以下「伊藤専務」という。)との間で、右報償金未払い分の合計が金七〇〇万円であることを確認するとともに、安川が独立後の営業において、秋山商店からの資材の仕入れ等を予定していたため、その買掛金の支払いの担保としてこれを秋山商店に残しておくこととした。したがって、安川は秋山商店に対し、右金七〇〇万円の報償金債権を有していたので、同年九月六日、原告から金九六四万二〇〇〇円を受領するとともに、秋山商店の右伊藤専務の承諾を得て、原告の秋山商店に対する買掛金債務と右報償金債権とを清算したものである。

2 本件各処分の違法性

(一) 原告が秋山商店に対して負担していた本件買掛金債務は、右1のとおりの経緯によって、安川が原告から受領した金三〇〇万円及び金九六四万二〇〇〇円のうちの金七〇〇万円をもって正当に弁済されたことになるから、原告に法人税法上の益金は生じないし、また安川の原告から受領した右各金員は賞与に該当するということはできない。したがって、被告のなした本件各処分はいずれも違法である。

(二) 仮に、前記1の事実が認められず、秋山商店に対する本件買掛金債務の支払いが架空の支払いであると認められたとしても、本件更正処分及び重加算税賦課決定は、なお次の理由により違法である。すなわち、

(1) 被告は、本件買掛金債務は事実上消滅したから原告に収益が生じた旨主張するが、秋山商店は、倒産と同時にあるいは一般債権者に対する説明を了することによって事実上消滅したと判断できるような状況にはなかったのであるから、債権者からの積極的な債務免除の意思表示がなされるとか、債務者の側から消滅時効の完成による時効の援用をするなどの手続きをとらない限り、確定的に右債務が消滅したとはいえない。現在にまで至れば結果的に原告の秋山商店に対する本件買掛債務について権利を行使されることによる財産的不利益の発生の可能性は消滅したと判断できるにしても、当時の状況下では秋山商店に対する債務はなんら消滅したとはいえないのである。そして、原告としては、本件買掛金債務が秋山商店の決算書に計上されているかどうか知らなかったし、まして秋山商店に対する債権者らが、秋山商店を見放しているかどうかを知る由もなく、その後原告が秋山商店や第三者から本件買掛金債務の請求を受けるかどうかは、時間が経過してから結果的に判明することである。

したがって、客観的に昭和五三年一一月二〇日以降、遅くとも決算期である昭和五五年一月三一日までに、本件買掛金債務が事実上消滅したとは解されないことはもとより、原告が同日までにそのような認識、判断をすることは不可能であった。

(2) 被告は、秋山商店が原告に対する売掛金債権を放棄する、ないし本件買掛金債務を免除する意思表示をなした旨主張する。しかし、秋山商店はその決算書において、売上金については適当に計上したのであって、回収するところと回収を断念したところを明確に区分したわけではなく、右決算書にはその旨の記載もない。右決算書には、例えば回収不能とする貸付金、仮払金も計上しているのであるから、秋山商店が倒産時の決算書に原告に対する売掛金を記載しなかったことをもって、債権放棄の意思表示とみることはできない。そして原告は、秋山商店の代理人鮎川定徳弁護士から、昭和五九年七月二日付け内容証明郵便をもって、本件買掛金債務を支払うよう催告を受けているのであるから、秋山商店が右債務を免除する意思表示をしたとみることもできない。また被告は、原告が秋山商店の右債務免除の意思表示を了知したとも主張するが、原告において右意思表示を了知した事実もないのである。

(3) なお、本件買掛金債務の支払が架空であるとしても、それは原告の負担すべき法人税額の計算上右支払いによって減額された負債科目の買掛金が復活し、これに対応する資産科目(本件の場合は現金)が復活するだけであり、架空の支払いに充てられたとする右現金の社外流出が安川個人に対する賞与と認定されることとは、自ずから別個の問題であるから、右のように認定されたからといって、それは原告の法人税額に何ら影響するものではないのである。

(4) 以上のとおり、本件買掛金債務は消滅したということはできず、原告にはこれに対応する収益が生じていないのであるから、被告の主張は事実誤認であって、本件更正処分及び重加算税賦課決定は違法というべきである。

(三) 仮に、前記二の事実が認められず、本件買掛金債務が被告主張の事由によって消滅したことが認められたとしても、本件重加算税賦課決定は、次の理由により違法である。すなわち、

(1) 国税通則法六八条一項に規定する隠ぺい又は仮装とは、課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実について、隠ぺい又は仮装することである。ところで、仮に原告が、本件買掛金債務を支払ったごとく仮装したとしても、法人税の計算においては、右支払いが否認されることにより原告の本件買掛金債務が生き返るに過ぎないのであり、原告が、本件買掛金債務を支払ったごとく仮装したことと、この生き返った買掛金債務がその後に消滅してこれに相当する額の収益が生じたかどうかということとは全く別個の事実なのであるから、本件買掛金債務を支払ったごとく仮装したとしても、それが直ちに本件法人税の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい又は仮装したということにはならない。特に本件における金三〇〇万円の支払いは、益金が生じたとされる本件事業年度と異なる昭和五三年度の取引であるから、この点からみても本件買掛金債務の支払いの仮装が、本件更正処分の課税原因事実と結びつかないことは明らかである。そして、原告には、本件買掛金債務が被告の主張するような事由により消滅したこと及びこれに対応する収益が生じたという認識はなかったうえ、これを隠ぺい又は仮装しようという意思もなかったのである。

(2) したがって、原告には、税額等の計算の基礎となるべき事実に関しての隠ぺい又は仮装の事実はないから、本件重加算税賦課決定は違法である。

四  原告の反論に対する被告の認否

1  原告の反論1の冒頭部分のうち、安川が昭和四七年から昭和五〇年八月末日まで、秋山商店の営業社員として勤務し同年九月一日独立して、秋山商店と同業種の営業を始め、その後、原告株式会社東北農建を設立し、秋山商店から資材の仕入れ等の取引をなしていたことは認め、その余は否認する。

同1一のうち、昭和五一年ころから宮城県泉市において第二次構造改善事業があったことは認め、その余は否認する。

同1の二は否認する。

2  同2の一、二及び三はいずれも争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の各事実並びに原告が、農業用のビニールハウスの販売を業とする株式会社であり、安川は原告の代表取締役であること、安川は、昭和四七年から昭和五〇年八月末日まで、秋山商店の営業社員として勤務し、同年九月一日からは独立して、秋山商店と同業種の営業を始め、その後、原告である株式会社東北農建を設立したこと、原告は、その設立当初から秋山商店から資材等を仕入れていたところ、昭和五一年二月からの秋山商店との取引に関する原告の経理は、別紙経理状況一覧表のとおりであること、右一覧表の記載によると、原告は、秋山商店に対し、昭和五三年一〇月四日の時点において、金一二六四万二六二三円の本件買掛金債務を負担していたところ、翌五日に現金で金三〇〇万円、昭和五四年九月六日に現金で金九六四万二〇〇〇円をそれぞれ支払い、秋山商店に対する買掛金債務はすべて弁済されたとされていること、以上の各事実については、当事者間に争いがない。

二  本件更正処分の適法性について

1  右当事者間に争いのない別紙経理状況一覧表及び弁論の全趣旨によれば、昭和五三年一〇月四日の時点において、原告が秋山商店に対し、金一二六四万二六二三円の本件買掛金債務を負担していたことが認められるところ、被告は、右債務を原告が弁済し、これが消滅したこととされている原告の前記経理は虚偽であって、原告が弁済した事実はない旨主張するので検討する。

(一)  本件買掛金債務のうち金三〇〇万円の弁済について

(1) 原告は、本件買掛金債務のうち金三〇〇万円の弁済について、安川は秋山商店から、宮城県泉市における第二次構造改善事業に関する工事を請けられるよう依頼されるとともに、その運動費として金三〇〇万円を堀谷に交付するよう指示されたため、原告からの仮払金により、これを秋山商店に替わって支出し、その後安川は右仮払金を原告に対して支払ったことから、安川が秋山商店に対して取得するに至った右立替金の求償権をもって本件買掛金債務と清算したものであると主張するところ、甲第一七号証には、原告が昭和五二年二月一四日安川に対し金三五〇万円を仮払いした旨の記載があり、原告代表者本人尋問の結果中、証人佐藤敏夫及び同高橋直久の各証言中にはこれに沿う供述部分があり、乙第一号証中には右弁済を証する如き領収証(以下「A領収証」という。)が存在し、原告代表者安川の供述によると、A領収証は、昭和五三年春ごろ、秋山商店から郵送されたものであるというのであり、甲第二七号証には、安川が長崎の指示で泉市構造改善事業を受けられるように運動していた旨の記載がなされている。

(2) しかしながら、

ア 成立に争いのない乙第一、第二号証によれば、秋山商店の代表取締役をしていた秋山清高(以下「秋山」とい。)は、被告の調査に対し、前記泉市の第二次構造改善事業に関して、その工事を請け負うための運動費として金三〇〇万円を原告あるいは安川において立替払いしてくれるように依頼したことはないし、A領収証は当時秋山商店で使用していた領収証ではない旨述べ、本訴提起後に作成された同人作成名義の右甲第二七号証の記載内容と異なる供述をし(なお成立に争いのない乙第一六号証によれば、右甲第二七号証の本文は安川が書いて秋山に署名を求めたもので、秋山はその内容について確たる認識があったものでないことが認められる)、また秋山商店の伊藤専務は、被告の調査において、原告に対しA領収証の用紙を渡したことも、これを自ら記載したことも旨述べており、また成立に争いのない乙第三号証及び証人堀谷直良の証言中には、堀谷が原告から右金三〇〇万円を受領したことはない旨の供述記載や供述部分があり、証人沼田精吉の証言中にも堀谷と同趣旨の供述部分があること。

イ 原告代表者安川の供述によると、A領収証は、安川が第二次構造改善事業の受注運動に失敗した後、自己において負担した運動費金三〇〇万円の清算を秋山商店に要求し、これを原告の買掛債務と相殺清算することとなり、同商店から、昭和五三年春ごろ、金額欄・日付欄白紙の状態で、郵送されたもので、安川はこれをそのまま金庫の中に終っていたが、同年一〇月になって、株式会社熱研に対し金三〇〇万円を出資するため、秋山商店に対する買掛金と同店に対する前記運動資金三〇〇万円の求償権とを相殺計算して、同年同月五日付けのA領収証を作成し、株式会社熱研に対する右出資金を捻出したというのであるが、右領収証に関する供述部分は極めて不自然なことといわなければならないこと。

ウ 成立に争いのない乙第五号証の一ないし四六(いずれも領収証)によれば、右各領収証は、秋山商店が昭和五二年一月二〇日以降に使用して、昭和五四年八月二七日まで菱日農研株式会社(以下「菱日農研」という。)に対して発行した領収証であるが、これらとA領収証を対比検討すると、右各領収証とA領収証は、その規格の点において相違している部分があるうえ、右各領収証にはいずれも一連番号が付され、しかもその番号順に使用されている(秋山商店が、昭和五二年一月二〇日以降一連番号の付された右各領収証以外の領収証を使用していたことを認めるに足りる証拠はない)ところ、A領収証には001144なる番号が記載されており、それより以前に発行された乙第五号証の一の昭和五二年一月二〇日付け領収証の003006なる番号よりも小さな番号となっており(なお、原告が昭和五二年七月一五日秋山商店から受領した領収証甲第二六号証番号003063は右に整合する)、また昭和五三年春ごろ発行された右領収証(乙第五号証の一九ないし二二)の会計印欄の印影とA領収証のそれは異なっていて、右各領収証の係印欄には、すべて押印がなされているが、A領収証のそれには押印がなされていないことが認められ、かかる事実に徴すると、A領収証は秋山商店が真正に発行したものではないこと。

エ さらに原本の存在と成立に争いがない甲第四号証の一、第六号証の一及び二、成立に争いのない乙第六号証によれば、原告は、本件更正処分に対する異議申立て及び審査請求をなした段階では、金三〇〇万円を伊藤専務に対して現金で交付した旨述べていたにもかかわらず、審査請求の過程においては、本件における原告の主張と同趣旨のことを述べるに至ったことが認められ、その内容には変遷があって一貫していないこと。

オ 甲第一七号証における昭和五二年二月一四日付け金三五〇万円の仮払いの記載は、ただちに本件金三〇〇万円の運動資金と結びつくものではなく、また原告は安川が右仮払金をいまだ秋山商店から回収していないわずか一か月余り後に原告に戻入したとするが(甲第一七号証によれば、同年三月一八日に金五〇万円、同年同月三一日に金二五七万五〇八五円を戻入していることが認められる)、秋山商店の指示によって仮払いした運動資金について、これが補償もされないうちに、右のように戻入すること自体極めて不自然であり、そもそもこのような運動資金の性質に鑑みると、その運動の指示者が自ら資金繰りをすることもなく、運動を依頼された者の負担にまかせておくことも首肯し難いこと。

以上の諸点に照らせば、原告の主張に沿う前記各証拠を採用することはできないというべきである。

(3) もっとも、前記乙第三号証、成立に争いのない甲第一七号証、乙第一三号証、証人堀谷直良の証言、原告代表者本人尋問の結果によれば、安川が、前記のとおり昭和五二年二月一四日、原告から金三五〇万円を仮払金として受領していること、昭和五一年ころ、前記泉市の第二次構造改善事業として、同市上の原に野菜ハウス団地を造成する計画が決定され、昭和五二年から、その工事が実施されることとなり、原告は、菱日農研の代理店として、右上の原の野菜ハウス造成工事の受注を得ようとしたこと、他方、堀谷は、昭和三〇年四月から、河北新報に記者として入社し、主に宮城県の政治関係部門を担当していたが、市議会議員に立候補するため、昭和五二年三月末日をもって、同社を退職したことが認められ、右事実に徴すれば、原告が右第二次構造改善事業に関する工事の受注を得るために種々活動し、堀谷がこれに係わっていたことが窺われないではない。しかし、右受注の主体は、菱日農研であって秋山商店ではないのであるから、秋山商店が右受注によって利益を得る可能性があるとしても、原告に対して、積極的にその運動費を支出するよう依頼するというのは不自然であるし、原告が秋山商店にかわって右資金を支出しなければならない合理的な理由も見出し難い。そのほか右(2)のとおりの証拠関係に徴すると、右のような事実が存することをもって直ちに原告主張の事実を推認することも相当ではないというべきであり、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

(4) したがって、秋山商店が安川に前記泉市の第二次構造改善事業に関する工事を請けられるよう依頼し、堀谷にその運動資金として金三〇〇万円を交付するよう指示したので、原告が秋山商店にかわって右金員を堀谷に交付したという一連の事実及び秋山商店の長崎常務との間で立替金債権と本件買掛金債務を相殺清算する旨約した事実を認めることは困難と言わざるを得ず、本件買掛金債務のうち金三〇〇万円が弁済によって消滅したとする原告の右主張は理由がない。

(二)  本件買掛金債務のうち金九六四万二〇〇〇円の弁済について

(1) 原告は、本件買掛金債務のうち金九六四万二〇〇〇円の弁済につき、安川は、秋山商店に勤務中に取得した報償金七〇〇万円の支払いを受けないまま同店を退職したので、秋山商店に対し、右金七〇〇万円の報償金債権を有していたところ、昭和五四年九月六日、伊藤専務の承諾を得て、原告の秋山商店に対する本件買掛金債務と右報償金債権とを清算したものである旨主張するところ、原告代表者本人尋問の結果中にはこれに沿う供述部分があり、前記乙第一号証中には、右弁済を証する如き領収証(以下「B領収証」という。)がある。

しかしながら、前記乙第一、第二号証、原告代表者本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く)及びこれにより真正に成立したと認められる甲第一二ないし第一五号証によれば、秋山商店の給与の内容は、基本給と歩合給すなわち報償金であったが、右報償金は安川が、退職後東北アキヤマ(その後社名を「株式会社東北農建」と変更)を設立した昭和五一年二月に売掛金と相殺し、未払分のなかったことが認められる。

そして、安川が原告から金九六四万二〇〇〇円を受領し、そのうち金二六四万二〇〇〇円を安川が個人的に消費し、残金六〇〇万円については、昭和五四年九月八日、福島信用金庫曽根田支店において、阿部和明名義で通知預金口座を開設して預金したことは当事者間に争いがないこと、前記各領収証(乙第五号証の一ないし四六)とB領収証を対比すると、その用紙の規格の点において相違があるうえ、B領収証の番号は001750であって、前記昭和五二年一月二〇日付けの領収証(乙第五号証の一)の番号003006より小さな番号となっており、また昭和五四年九月以降の右各領収証の会計印欄には「東郷」なる印影はみられないにもかかわらず、B領収証の会計印欄には同人の印影があり、右各領収証のすべての係印欄になされている押印もB領収証にはないことが認められ、かかる事実に徴するとB領収証は秋山商店が真正に発行したものとはいい難いこと、さらに前記甲第四号証の一、第六号証の一及び二によれば、原告は、本件更正処分に対する異議申立ての段階では、右金一二六四万二〇〇〇円は、秋山商店の指導課の岡本に現金で支払った旨述べていたが、審査請求の段階では、右報償金があるので安川が原告から金七〇〇万円を受領した旨述べており、その内容には変遷があることがそれぞれ認められるから、これらの事実を照らせば、原告の右主張に沿う前記原告代表者安川の供述部分のうち、本件買掛金債務と右報償金返還債権とを相殺清算した旨の供述部分及びB領収証を採用することはできないというべきである。

(2) そうすると、安川が秋山商店の退職時までに仮に金七〇〇万円の報償金債権を有していたにしても、昭和五四年九月六日に安川が金七〇〇万円を本件買掛金債務と清算した旨の原告主張の事実を認めることは困難というほかなく、本件買掛金債務のうち、右金九六四万二〇〇〇円が弁済により消滅したとする原告の主張は理由がない。他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

(三)  以上によれば、原告が秋山商店に対し、昭和五三年一〇月五日に金三〇〇万円、昭和五四年九月六日に金九六四万二〇〇〇円をそれぞれ支払って、原告の本件買掛金債務がすべて消滅したとする原告の前記経理は、虚偽であって、被告の主張は理由がある。

2  そこで、次に被告は本件買掛金債務は、秋山商店の倒産によって事実上または法律上消滅したので、原告にはこれに相当する収益が生じた旨主張するので検討する。

(一)  前記乙第一号証、成立に争いのない同第七ないし第九号証、原告代表者本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く)及び弁論の全趣旨によれば、秋山商店は、昭和五二年四月に菱日農研との共同出資により設立した菱日ハウス販売株式会社を販売窓口として営業を継続してきたが、業界の過当競争による販売不振も加わり、昭和五三年一月には、売上も大巾に低下し、菱日農研の支援も得られなくなり、同年五月には、菱日ハウス販売株式会社が多額の不良債権を抱え込み、この影響を受けるなどして資金繰りが悪化し、昭和五四年九月一〇日、二回目の不渡手形を出して事実上倒産するに至り、これと同時に秋山商店の売掛金の回収を担当していた菱日ハウス販売株式会社も事実上倒産したこと、秋山商店は、同年一〇月三一日、同年九月一〇日現在における債権債務に関する決算書を作成し、これを同年一一月一〇日付けで各債権者に送付して同店の財務内容を知らせたが、右決算書には、原告に対する売掛金債権は計上されていないこと、当時秋山商店の有する売掛金を回収する人手もなく、仮に売掛金の回収ができたとしても、それは全額債権者への弁済に充てられるだけであって、同店を再建することはできない状況にあたっことから、秋山商店は、これを回収しても仕方がないと考え、殊に原告に対する売掛金については、その回収は困難と考え、これを投擲し、右決算書にこれを記載しなかったこと、原告代表者安川はもと秋山商店に勤務し、独立後も同商店と緊密な関係にあって、取引を続けていたもので、同商店の右のような状況を十分了知しうる状況にあったこと、秋山商店は、同年一一月二〇日から同月二二日にかけて、同店の決算について債権者らに対する説明会を設けたが、これに出席した債権者からは何らの異議も出なかったこと、そして以後秋山商店の債権者から秋山商店が債権の請求を受けたことや秋山商店がその有する売掛金債権を現実に回収したことを認めるに足りる証拠もないこと、成立に争いのない甲第二四ないし第二六号証、原告代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、右売掛の最終日が昭和五二年三月一九日であって、秋山商店は同年六月二〇日原告に対し売掛残金の請求をしたが、原告は同年七月一五日そのうち金三〇〇万円を支払い、その後秋山商店からの請求がなされないまま民法所定の商品代金にかかる二年間の短期消滅時効の期間が経過したことが認められ、且つ右売掛金の支払期日について特段の定めがあったことを認めうべき証拠もないことによれば、右売掛代金の一部支払いがなされた日から二年を経過した昭和五四年七月一五日には、右売掛金について消滅時効が完成しているともいいうること、以上の各認定をすることができる。原告代表者本人尋問の結果中右認定に反する部分はにわかに信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、秋山商店の債権者らに対する右説明会の時点において、同商店の原告に対する本件売掛金債権は、社会的・経済的に消滅したものと認めるのが相当である。

もっとも、成立に争いのない甲第一六号証の一によれば、鮎川定徳弁護士は、秋山商店の代理人として、昭和五九年七月二日付け内容証明郵便をもって、原告に対し、原告に対する売掛金合計金二七〇三万一八六六円を支払うよう催告していることが認められる。しかしながら、成立に争いのない乙第一四号証によれば、秋山商店の決算書には、右売掛金の記載がなく、同弁護士は、秋山商店において原告に対し売掛債権を有するものとは考えていなかったが、本件各処分の審査請求の段階になって、たまたま審査官からの問い合わせがあったため、右売掛金が残っているようだとして、原告に対し請求を試みたに止まり、その目的も、消滅時効の中断にあったか、その消滅時効は前記のとおり完成しているとみられるうえ、その後本件売掛金債権につき、なんらの法的手続きも取られていないことが認められるから、右甲第一六号証の一の存在は、前記認定の妨げとなるものではなく、他に前記認定を左右すべき証拠はない。

(二)  そうすると、右本件買掛金債務は昭和五四年度において、社会的・経済的にすでに消滅し、原告は同年度において、これに相応する経済的利益を得たことになるから、原告は同年度において法人税法二二条二項に規定する益金の額に算入すべき金一二六四万二〇〇〇円の収益を得たというのが相当である。

3  以上のとおりであるから、被告が本件事業年度における原告の法人税につき、所得金額を金三〇一四万五三三六円、納付すべき税額を金一〇五九万八一〇〇円とした本件更正処分は適法である。

三  本件重加算税賦課決定の適法性について

1  原告は本件事業年度における所得金額を金一三六四万一二二四円として申告し、さらに昭和五五年七月一日これを金一七五〇万三三三六円と修正申告したことは、前記のとおり、当事者間に争いがないところ、前記認定のとおり、原告の本件事業年度における所得金額は右修正金額に本件事業年度において事実上消滅し、その弁済を免れた本件買掛金債務金一二六四万二〇〇〇円を加算した金三〇一四万五三三六円であって、原告は右金一二六四万二〇〇〇円の過少申告をしたものである。

ところで、前記二の1で認定した事実によれば、原告は本件買掛金債務が弁済されて消滅したとする虚偽の経理をなし、しかも、右弁済を証する書類として、秋山商店が真正に作成したかのような外観を有するA及びB領収証を秋山商店の意思に基づかないで作成したものであるが、前記二の2の一に認定のとおり、原告代表者安川は秋山商店の実情を十分に了知しうる状況にあったこと及び原告が将来本件買掛金債務の弁済をしなければならない立場にある以上、その弁済前に、あたかも弁済をしたような会計上の処理をすることができないのに敢えてそのような弁済の仮装をしたことに徴すると、原告代表者安川は右会計上の処理をする時点において、すでに本件買掛金債務の支払いを免れうることを認識していたものと認めるのが相当である。

そして原告は、本件買掛金の債務の消滅を、前年度及び当年度の各弁済によって生じたようにしたままで本件事業年度における法人税の申告を行なったのであるから、原告の右申告は、国税通則法六八条一項所定の国税の課税標準等又は税額等の基礎となるべき事実の全部若しくは一部隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づいてなされたものということができる。

2  この点に関し、原告は、本件買掛金債務を弁済したように仮装したとしても、それは法人税の計算上、右支払が否認されることにより本件買掛金債務が生き返るに過ぎず、買掛金を支払ったごとく仮装したことと、この生き返った買掛金債務がその後に消滅して、これに相当する額の収益が生じたかどうかということとは全く別個の事実であるから、原告が本件買掛金債務を支払ったように仮装したことをもって、直ちに本件法人税の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい又は仮装したということにはならないし、原告には本件買掛金債務が消滅してこれに対応する収益が生じたという認識もないのであるから、同条に規定する仮装または隠ぺいの事実はない旨主張する。

しかしながら、加算税は、納税者の行うべき申告及び納付義務の履行について、国税に関する法律の適正な執行を妨げる行為又は事実に対する防止及び制裁措置として課せられるものであり、加算税のうち重加算税は、過少申告加算税、無申告加算税及び不納付加算税が課せられるべき場合に、納税者がその国税の課税標準等又は税額等の基礎となるべき事実の全部若しくは一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出したとき(同法六八条一項)、或は法定申告期限までに納税申告書を提出せず、又は法定申告期限後に納税申告書を提出したとき(同条二項)、或はその国税をその法定納期限までに納付しなかったとき(同条三項)に課せられるものである。

右加算税制度の趣旨に照らすと、国税の課税標準等又は税額等の基礎となるべき事実の隠ぺい、又は仮装とは、その基礎となる事実を事後において隠ぺい又は仮装する場合のみでなく、何らかの理由において事前に隠ぺい、又は仮装したことも含み、納税申告或は国税の納付にあたってこれを利用する場合には、その隠ぺい、又は仮装によって納税申告書の提出、或は不提出或は国税の納付がなされたものと解するのが相当である。

ところで本件における弁済の仮装は、本件買掛金債務が消滅する以前の昭和五三年一〇月五日及び秋山商店の倒産に近接した昭和五四年九月六日に行なわれ、秋山商店が倒産して本件買掛金債務の存在が全く問題とされなくなった昭和五四年一一月下旬の債権者らに対する説明会の時点において、本件買掛金債務の消滅が客観的に明らかとなったものであるが、原告代表者安川は右弁済の仮装時において、すでに本件買掛金債務の支払いを免れることを認識して右弁済の仮装を行い、その後の昭和五四年度の納税申告書を提出するにあたって、右弁済の仮装を利用したものということができるから、本件弁済の仮装が本件法人税の計算の基礎となるべき事実の隠ぺい、又は仮装とは関係がなく別個の事実であるとか、原告において本件買掛金債務の消滅による収益の発生を認識していなかった旨の原告の主張は採用できない。

3  したがって、被告のなした本件重加算税賦課決定は適法である。

四  昭和五八年一月一〇日付け各処分の適法性について

1  原告代表者本人尋問の結果によれば、安川は、昭和五三年一〇月五日、原告から金三〇〇万円を受領し、これを株式会社熱研の設立資金として出資したことが認められるから、右金三〇〇万円は、安川に対する臨時的な給与(賞与)に該当するものと認められる。

ところで、原告は、原告から昭和五三年一〇月五日に安川から受領した右認定にかかる金三〇〇万円については、安川が秋山商店に対して有する同額の前記立替金債権と本件買掛金債務とを清算したことにより、結局のところ本件買掛金債務の弁済に充てられた金員として安川が正当に受領したものであるから、安川の賞与には該当しないものであると主張するが、前記二の1の一で認定説示したとおり、安川が秋山商店に対して金三〇〇万円の立替金債権を取得したことはもとより、右立替金債権と本件買掛金債務を清算したということを認めることはできないのであるから、かかる原告の主張に理由がないことは明らかであり、他に右認定を左右すべき証拠はない。

2  したがって、右金三〇〇万円につき、被告が昭和五八年一月一〇日付けをもってなした昭和五三年一〇月分の源泉徴収にかかる納税告知及び不納付加算税の賦課決定はいずれも適法である。

五  昭和五七年七月二日付け各処分の適法性について

前記二の1の二で認定説示したとおり、安川は、昭和五四年九月六日、原告から金九六四万二〇〇〇円を受領したうえ、うち金六〇〇万円については、同月八日、福島信用金庫曽根田支店において、阿部和明名義で通知預金口座を開設して預金し、さらにうち金二六四万二〇〇〇円については、これを個人的に消費したことは当事者間に争いがなく、しかも右金九六四万二〇〇〇円のうち、金七〇〇万円が本件買掛金債務の弁済に充てられた事実を認めることはできないのであるから、右金九六四万二〇〇〇円は、安川に対する臨時的な給与(賞与)に該当すると認められ、他に右認定を左右すべき証拠はない。

したがって、右金九六四万二〇〇〇円につき、被告が昭和五七年七月二日付けをもってなした、昭和五四年九月分の源泉徴収にかかる納税告知及び不納付加算税の賦課決定はいずれも適法である。

六  結論

以上の次第で、被告が原告に対してなした本件各処分はいずれも適法であり、本件各処分の取消しを求める原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林茂雄 裁判官 山口忍 裁判官 永井崇志)

経理状況一覧表

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